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ジェット・リー物語【第9章】盟友との出会い -1989~1990-


ジェット・リー物語【第9章】盟友との出会い -1989~1990-


ジェット・リーこと李連杰が羅大衛、嘉禾電影(ゴールデン・ハーベスト)と契約、盟友・徐克(ツイ・ハーク)と初めて組んで『黄飛鴻’92之龍行天下(ハード・ブラッド)』をアメリカで撮影する時期です。(1989年~1990年)

羅維の息子・羅大衛のぺースに乗せられ、マネージメント契約。
さらにゴールデン・ハーベストと契約して借金(前借)をし、徐克と組んで撮った作品もお蔵入りに。
これから本格的に泥沼化する契約問題の序章といえる時期のお話です。

羅大衛とゴールデン・ハーベスト

話は若干遡り、『龍在天涯』を撮り終え、その公開を待っていた89年。

リンチェイのもとに、香港から徐小明、元奎ほか多数の映画関係者が訪れ、一緒に映画を撮ろうと持ちかけられ、どうすれば良いかと迷っていた。

そんな時、羅維を通じて知り合った、その息子・羅大衛からゴールデン・ハーベスト(嘉禾電影)との契約話を持ちかけられる。

『ジェット・リー物語【第9章】盟友との出会い -1989~1990-』のエピソードショット

羅大衛とリンチェイは年も近く、ともに異国暮らしなことからますます親しくなっていた。

アメリカでの生活に不慣れなリンチェイを熱心に助けたことで、羅大衛はリンチェイの信頼を勝ち取っていたのだった。

そして89年5月、自分を信頼しきっているリンチェイに対して、羅大衛はマネージメント契約を持ちかける。

羅大衛の取り分はかなりの割合だったが、彼を信頼していたリンチェイは、これで自分は映画の撮影に専念できるとこれを承諾、10年間のマネージメント契約を結ぶ。

その後、ゴールデン・ハーベストとも契約。

実は、羅大衛の母親であり、羅維の元妻である劉亮華(ラウ・リャンホウ)はゴールデン・ハーベストの重役であり、大会社なので収入面なども安心して映画に取り組めるからとリンチェイを説得したのだった。

しかしこのことが、以後数年に渡ってリンチェイを苦しめることになるとは、その時は思いもよらなかった。

ゴールデン・ハーベストとの契約は、2年間で4本の映画出演で、その出演料は1本150万香港ドルというものだった。

出演料の支払いについては、「一括で全額前払い」、「1作毎払い」、「分割して月払い」という3つの選択肢があった。

羅大衛と劉亮華親子は、ある思惑からリンチェイに一括での前払いを勧めたが、リンチェイは1作毎に出演料を受け取る契約を選ぶ。

実は、最初に受け取る行為はいわばお金を借りることと同じで、

「ゴールデン・ハーベストからお金を借りると一生返すことは出来ない」

というのが映画界では定説となっていたのである。

しかし・・・

ゴールデン・ハーベストでの第1作目の撮影に入る前、羅大衛はリンチェイをラスベガスに連れて行く。

そこで羅大衛は一度に5万米ドルを失ってしまい、リンチェイにお金を貸してほしいと頼み込んだ。

しかし映画の出演料をまだ受け取っていないリンチェイにそんな大金は無い。

羅大衛は、ゴールデン・ハーベストから前渡し金を受け取るようリンチェイをうまく誘導し、結果的にゴールデン・ハーベストから前金として10万米ドル(約76万香港ドル)を受け取ることになってしまう。

また、羅大衛の女友達が経営するブティックへの投資も進められ、7500米ドルを失っている。

さらに、羅大衛が再びギャンブルで5万米ドルを失ったため、再度10万米ドルをゴールデン・ハーベストから借りることになってしまう。

その後も、様々な理由をつけてはリンチェイへ金銭を要求したため、ゴールデン・ハーベストからの前渡し金は50万米ドル(約380万香港ドル)へと膨れ上がってしまった・・・

羅維、元妻、その息子

前章で、ジェット・リーとともに仕事をすることになった羅維。

それ以降は、直接の接点は見当たりませんが、今度はその息子の羅大衛が、深くジェットの映画人生に関わってきます。

羅大衛は、羅維の前妻・劉亮華(ラウ・リャンホウ)との間に出来た息子で、あまり表に出来ることはなく(ジェットの契約問題以外では)、謎の多い人物です。

母である劉亮華は、かつては女優でのちに羅維夫人となり、かの李小龍(ブルース・リー)を見出したことでも有名で、悪化し続ける羅維とブルースの間を取り持ったとの逸話も残っています。

この後の契約問題の内容を考えると、羅大衛が悪意ある人間であることはまず間違いないように思えますが、劉亮華もそうだったのかはわかりません。

個人的には、ゴールデン・ハーベストは好きな作品も多く、悪いイメージはないのですが、以後の章では、比較的悪者的な扱いで語っていきます。

そういえば、ジャッキー・ジャック事件に関しても、当初は羅維はジャッキーに裏切られた可哀想な名監督、ゴールデン・ハーベストは無理矢理ジャッキーをそそのかして、アメリカへ連れ去った悪い会社みたいに語られてましたね~。

以後の章で語られる、ジェット・リーの一連のゴールデン・ハーベストとの対立については、やはりその間に入っていた羅大衛のせいで、こじれたように思えます。

まぁ、ゴールデン・ハーベストにとってもあくまで全てはビジネスなので、契約に厳しいのは当然だとは思うのですがね。。。

ジェット・リーとゴールデン・ハーベストの契約

華僑日報, 1989-08-11(GHとの契約)

ジェット・リーのゴールデン・ハーベスト契約問題について語られているのは、本文でも書いたように1本150万HKドルで6本600万HKドルというのが通説のようですが、当時の新聞記事では、1本200万HKドルと報道されています。

そのどちらかが間違っている可能性も十分あり得るのですが、私はこの差額、1本50万HKドルがマネージャーである羅大衛の取り分なのではないかと考えています。

以後の章でも書きますが、ある時にジェット・リーがゴールデン・ハーベストからのお金を受け取るときに、4割の手数料を取っていた具体的な話が出てきます。

200万に対して50万では4割には満たないですが、あり得ない金額ではないということです。

華僑日報, 1989-08-24(GHとの契約と成龍)

ラスベガスでの逸話については、たまたまなのか、羅大衛の策略なのかはわかりません。
ただ、最終的には羅大衛の借金以上の金額を、ゴールデン・ハーベストから前借りする羽目になったのは事実のようです。

香港映画界でのこうした契約問題は、ジャッキーもそうだったように珍しいことではありませんが、よくジェット・リーが語られるとき、「ゴールデン・ハーベスト(またはツイ・ハーク)とギャラの問題で揉め、関係を解消した」などと簡単に書かれるのは、ちょっと可哀想かなと。

別に、「金もっとよこせ!」的な話ではなかった(と思う)わけで、逆に今までありえないギャラで働かされていた分、もしそうだったとしても誰もジェットを責めることは出来ないような気がします。(この辺については以後の章でも詳しく書いていきます。)

ちなみに、当時の200万HKドルは日本円だと3,300万円ぐらいだと思われます。

しかし、この契約がなかったらのちの『ワンチャイ』シリーズはおそらく生まれなかった訳で・・・そう考えると羅維とジャッキー・チェンの関係のように、ジェット・リーにとっての羅大衛は必要悪だったのかもしれません。。。

徐克(ツイ・ハーク)と『新猛龍過江(新・ドラゴンへの道)』

結果的にゴールデン・ハーベストとの契約に縛られることになったリンチェイは、1989年9月半ば、第1作目となる『新猛龍過江(新・ドラゴンへの道)』の撮影に取り掛かる。

監督に新進気鋭の徐克(ツイ・ハーク)、武術指導に袁振洋(ブランディ・ユエン) と元華(ユン・ワー)を手配。

『ジェット・リー物語【第9章】盟友との出会い -1989~1990-』のエピソードショット

共演には、武術指導も兼任する元華(ユン・ワー)、ヒロインに郭錦恩(クリスタル・コォ)を配し、アメリカロケで撮影が始まった。

その後の映画人生において重要な存在となる徐克との記念すべき第1作目となったが、実際に二人が出会ったのは、遡ること4年ほど前、1985年のことでそれ以来、深い仲とまでは言えないものの、友人としての付き合いは続いていたのだ。

華僑日報, 1989-10-01(「新猛龍過江」と郭錦恩)

『ジェット・リー物語【第9章】盟友との出会い -1989~1990-』のエピソードショット

香港のスピルバーグ 徐克(ツイ・ハーク)

徐克(ツイ・ハーク)は、1950年ベトナム生まれ。
66年に香港に渡り、同年アメリカへ留学しテキサス州立大学で映画を学ぶ。
その後、テレビ制作から映画の道へと進み、79年に映画監督としてデビュー。

81年、監督4作目の『鬼馬智多星』が香港で年間4位と大ヒット。
また、この作品(台湾題『夜来香』)では台湾金馬奨の最優秀監督賞も受賞。

その後も立て続けにヒット作を連発し、84年には『皇帝密使(原題:最佳拍檔女皇密令)』で初の興行成績TOPを獲得。
一躍ヒットメーカーとしての地位を確立しました。

当時の監督作はすべてがヒットし、また、80年代後半は監督業よりもプロデュースの方を積極的に行っており、多くのヒット作に関わっています。

ジェットとの『龍行天下』の行方を追う前に、どのようなタイミングで徐克と組んだのかを把握するために、89年までの徐克作品の成績を見てみましょう。

89年までに徐克(ツイ・ハーク)が関連した主な作品(監督作は4作目以降すべて列記)
香港
公開
原題邦題徐克
役割
興行成績
(HKドル)
順位画像とリンク主な出演
81年鬼馬智多星監督7,479,976 4位鬼馬智多星ジョージ・ラム
83年新蜀山劍俠蜀山奇傅 天空の剣監督15,872,222 5位ユン・ピョウ、
サモハン
84年上海之夜上海ブルース監督11,625,564 18位サリー・イップ
84年打工皇帝チャイニーズ・ファースト・ラブ・ストーリー監督16,931,337 9位打工皇帝サミュエル・ホイ
84年最佳拍檔女皇密令皇帝密使監督29,286,077 1位サミュエル・ホイ
86年刀馬旦北京オペラブルース監督17,559,357 7位ブリジット・リン、
サリー・イップ
86年英雄本色男たちの挽歌製作34,651,324 1位チョウ・ユンファ
87年英雄本色續集男たちの挽歌2監督22,727,369 6位チョウ・ユンファ
87年倩女幽魂チャイニーズ・ゴースト・ストーリー製作18,831,638 15位レスリー・チャン、
ジョイ・ウォン
88年大丈夫日記大丈夫日記製作19,419,539 12位チョウ・ユンファ、
ジョイ・ウォン
89年英雄本色III夕陽之歌アゲイン 明日への誓い/男たちの挽歌Ⅲ監督18,476,116 8位チョウ・ユンファ
89年秦俑テラコッタ・ウォリア製作20,991,782 7位テラコッタ・ウォリアチャン・イーモウ
89年喋血雙雄狼/男たちの挽歌・最終章製作18,255,083 9位チョウ・ユンファ

「監督作にハズレ無し」。まさに全盛期だったこの時期に、ジェット・リー作品の監督をするということは、それだけ周囲の期待も高かったはずです。

2人の看板だけでも十分売れる気はするのですが、結局はしばらく公開されなくなってしまいます。

よほど、徐克(ツイ・ハーク)自身、出来栄えに納得いかなかったのかもしれません。

個人的にはそんなに悪くないと思うんですけどねぇ。。。

『新猛龍過江』撮影終了するも完成せず

ブルース・リーの『猛龍過江(ドラゴンへの道)』のリメイク作として製作が始まった本作は、9月から12月までが撮影期間として予定されており、途中までは順調に進んでいた。

しかし、またしてもリンチェイがケガ。

今度は右手の甲を骨折したが、今までのように長期に撮影を中断することは出来ず、ギブスを着用して撮影は続行された。

その後間もなく撮影は終了。

しかし、当時から売れっ子だった徐克には撮らなければならない作品が数多くあり、編集作業やアフレコなどを行う時間が取れないため、完成しないまま保留となってしまった。

90年の2月、徐克(ツイ・ハーク)が他の作品に取り掛かっていたころ、リンチェイにも次の作品の計画が浮上。

姜大衛(デビッド・チャン)との合作で、30~40年代のアメリカが舞台。
共演者には、林憶蓮(サンディ・ラム)、萬梓良(アレックス・マン)が予定されたその作品は4月から撮影開始予定となった。

翌3月には、姜大衛自身がアメリカにいるリンチェイのもとを訪れ、打ち合わせを重ねていた。

『新猛龍過江』については、タイトルが『龍之天下』と改題されたが、依然として完成のメドは立っておらず、アメリカでの撮影フィルムも未編集のままだった。

華僑日報, 1990-02-10(姜大衛との合作計画)

華僑日報, 1990-03-20(姜大衛との合作計画)

この時期の幻の作品がこちら。

結局、姜大衛との合作は見送られ、5月には徐克と再び組むことが決定したが、徐克の多忙さは相変わらずで、『龍之天下』は『龍行天下』へみたび改題されたものの、編集作業は先送りのままであった。

最終的にリンチェイのゴールデン・ハーベスト第2作目は、英雄・黄飛鴻を題材とした『黄飛鴻(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明)』に決定。

以前から黄飛鴻映画を撮りたがっていた徐克の念願が、リンチェイとの出会いによって叶うこととなる。

お蔵入りと改題

この作品が「お蔵入り」し、『黄飛鴻(ワンチャイ)』シリーズのヒット後に、『黄飛鴻’92之龍行天下』として劇場公開したというのは、一般的にも知られていると思います。

ブルース・リーの『猛龍過江(ドラゴンへの道)』

タイトルに関しては、撮影中の89年9月~12月までは『新猛龍過江』、その後90年の春頃には『龍之天下』、6月頃には『龍行天下』、そして公開される92年5月には『黄飛鴻’92之龍行天下』と、度重なる改題がされています。

まずは、この作品が『新猛龍過江』、つまり『新・ドラゴンへの道』として製作が進められていたことが驚きですね。

確かに、そう言われればという設定はありますね。
『龍行天下』と言われても、何のことやらですが・・・

ただ、いざ撮影し終わってみると、そのタイトルはふさわしくない(内容が?それとも出来上がりのレベルが?)と感じたのか、改題したということなんでしょうか。

『黄飛鴻』シリーズのヒットで『黄飛鴻’92之龍行天下』としたのは理解できるのですが、それにしては出来過ぎの部分もありますよね。

恩師の営む店が「賓芝林」だったり、ジェット自身も医療の知識を有していたり、黄飛鴻恒例のポーズの原型的なものも垣間見れたり・・・。

『ジェット・リー物語【第9章】盟友との出会い -1989~1990-』のエピソードショット

これらがすべて偶然だったのか、それともすべて徐克の計算通りだったのか(これはさすがに無いかな?)。

または、黄飛鴻映画は以前から徐克が撮りたがっていたそうなので、その要素をちょっと取り入れてみたと。
そして、ジェット・リーと共に映画を撮影している中で、どんどん黄飛鴻のアイデアやイメージが浮かんできて、じゃあ本格的にやってみようかと『黄飛鴻』を製作することになったのではないでしょうか。

でも、ジェット・リーのちゃんとした『新・ドラゴンへの道』が見たかった気もしますけどね。。。

製作経緯と再撮影疑惑

『黄飛鴻’92之龍行天下(ハード・ブラッド)』に関する新聞記事や情報をまとめると、

  • 1989年9月、『新猛龍過江』としてアメリカにて撮影開始。12月までに完成予定。
  • 1989年12月、ジェット・リー、手の甲を骨折するもギブス着用で撮影続行。
  • 1989年12月、アメリカでの撮影終了。
  • 1990年2月、ジェットの次回作は姜大衛(デビッド・チャン)との合作を予定。
  • 1990年3月、『龍之天下』まだ未配音。
  • 1990年5月、徐克とジェットの再合作計画浮上。『龍行天下』は編集進まず。
  • 1990年6月、『黄飛鴻』撮影の為、ジェットが来港の際、『龍行天下』再撮影予定。
  • 1990年10月、『龍行天下』のアフレコ準備の為、ジェットが英語を特訓中。
  • 1991年8月、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明』香港公開。
  • 1992年4月、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱』香港公開。
  • 1992年5月、ようやく『黄飛鴻’92之龍行天下(ハード・ブラッド)』香港公開。しかし結果は惨敗。

撮影終了の翌90年には編集作業が進まない(徐克のスケジュールの都合)ことが、度々報道されています。

まぁいくら忙しくても優先させるべき作品であれば、何がなんでも完成させて公開すると思うので、やはりお蔵入りの原因はその内容なんでしょうか。

ただ気になるのは、90年6月の新聞記事で、アメリカでの撮影は完了したが、香港での撮影がまだ残っているような記事があったことです。

そして、ちょうどその頃にジェットが『黄飛鴻』撮影開始のため、アメリカから香港入りする予定になっていて、その時に『龍行天下』の残り部分も撮影するようなことが書いてあったのです。

  • 華僑日報, 1989-12-16

    華僑日報, 1989-12-16
    (「新猛龍過江」撮影中、骨折)

  • 華僑日報, 1990-03-08

    華僑日報, 1990-03-08
    (「龍之天下」未配音)

  • 華僑日報, 1990-05-06

    華僑日報, 1990-05-06
    (ツイハークと再合作の相談)

  • 華僑日報, 1990-06-17

    華僑日報, 1990-06-17
    (「龍行天下」再撮影?)

実は、最初にこの作品中での『黄飛鴻』を思わせるようなシーンは、この時に追加撮影されたのでは!と思ってつぶさに映像を確認したのですが、そもそも「賓芝林」が出てくる場面はかなり多いし、やはりアメリカロケによるものっぽいし、警察署内での健康術(?)のシーンもジェットはギブスはめてるし(ということは89年12月頃)、ほかにも香港で撮影されているようなシーンを見つけることができなかったので、この説は無理があったようです。

あと、公開が伸びた理由として考えられるのは、まだ未編集の時点で次の『黄飛鴻』製作は決まっていたので、作品の出来を考えるとこのまま今公開するよりも、『黄飛鴻』と『李連杰』の人気がもっと高くなってから現代版黄飛鴻として公開した方がヒットするのでは、という思いがこの頃既にあったのかもしれません。

そういえば、エンドクレジットでは「後期製作○○」というクレジットが多数表示されます。
徐克も「故事」としてクレジットされていますが、「導演」クレジットは無し。
結局、後期の編集(撮影?)には徐克は携わっていないのでしょうか。。。

また、クレジット上は主題歌がジャッキー・チェンの唄う「潮起潮落陪你度過」が表示されますが、実際にバックに流れる曲は別モノだったりします。
劇中でもジャッキーの曲は流れないのですが、このジャッキー曲収録版はもう存在していないのでしょうかねぇ。。。

『ジェット・リー物語【第9章】盟友との出会い -1989~1990-』のエピソードショット

『龍行天下』小ネタ①・・・ジェット・リーのギブスと当初の脚本

だから何だというわけでもないんですが、前項の検証過程のついでとして。

撮影中にジェット・リーは右手の甲を骨折し、ギブスを着用して撮影を続行させたわけなんですが、それを踏まえて映像を観るとかなりの部分が骨折中と思われるシーンだったことに気が付きます。

モロにギブスが見えちゃっている場面も多いし、不自然に右手を後ろに回している仕草も多いです。(もしやこれも黄飛鴻の原型?)

そもそも、ジェットはどの場面で右手を負傷しちゃったんでしょうかねぇ。
私的には、駐車場での銃撃シーンの時かもとか思ったのですが、どうでしょうか。(下に画像あり9

『『龍行天下』ギブス場面検証242』 『『龍行天下』ギブス場面検証243』

ジェットがアメリカに着いた直後は大丈夫(左)、でもひったくりを追うシーンではすでに袖伸ばして隠してます。(右)

『『龍行天下』ギブス場面検証244』 『『龍行天下』ギブス場面検証245』

ダブル使うのは全然構わないんだけど、もうちょいわかりにくく撮れないもんかなぁ。。。
この後の追跡シーンでは右手は無事です。

『『龍行天下』ギブス場面検証246』 『『龍行天下』ギブス場面検証247』

その後の警察署内での場面も全てギブス中。なんか黄飛鴻的ですね~。警察署外のシーンもギブス着用。

『『龍行天下』ギブス場面検証248』 『『龍行天下』ギブス場面検証249』

道場のシーンでは、思いっきり見えちゃってます。そしてただでさえ野暮ったい恰好がより・・・

『『龍行天下』ギブス場面検証250』 『『龍行天下』ギブス場面検証251』

元華とのシーンでも袖伸ばし中、銀行ではギブスがバッチリ。

『『龍行天下』ギブス場面検証252』 『『龍行天下』ギブス場面検証253』

半袖姿のシーンでは、ギブス有無が混在してます。(左無し、右有り)

『『龍行天下』ギブス場面検証254』 『『龍行天下』ギブス場面検証255』
『『龍行天下』ギブス場面検証256』 『『龍行天下』ギブス場面検証257』

さて、問題のシーン。このジャンプして右手から着地するシーンでグチャっとやっちゃったんじゃないでしょうか?
同一場面で、ギブス有無が混在しているのも怪しいです。

『『龍行天下』ギブス場面検証258』 『『龍行天下』ギブス場面検証259』
『『龍行天下』ギブス場面検証260』 『『龍行天下』ギブス場面検証261』

その後の郭錦恩との海のシーンやジェットの運転シーンもギブス中(省略)。
続く、店が荒らされるシーン→弟子への修行シーン(ジェットの記念すべき初師匠役ですね!)→店外でのバトルシーンはすべてノーギブスでのシーンです。

『『龍行天下』ギブス場面検証262』 『『龍行天下』ギブス場面検証263』

バス内でのアクションシーンは、ギブス中で、ご本人(左)とダブル(右)が演じています。

『『龍行天下』ギブス場面検証264』 『『龍行天下』ギブス場面検証265』

ラストのアクションシーンは屋外・屋内ともに右手は健在です。(良かった)

『『龍行天下』ギブス場面検証266』 『『龍行天下』ギブス場面検証267』

そして最後。なぜかこのシーンではバスに乗る前は右手が無事で、バス内では思いっきりギブスです。

というワケで、長々とギブス話を続けてしまいましたが、かなりの場面がギブスなんです。
一応、新聞報道では12月に記事になっていますが、もしかしたらかなり初期の段階でやっちゃったんでしょうか。

ふと思ったのですが、ギブスがない、つまりおそらく最初の頃に撮ったであろう場面で構成すると、

①アメリカに着く
②バッグ取り返す(一部ギブス)
③タクシーに乗って店に向かう
④ヒロインと出会う(当初の予定では郭錦恩は通訳の役だったようです。)
⑤銃撃される
⑥店荒らされる
⑦弟子修行する
⑧店守る
⑨ラスボス(外人)とコロッセオならぬビルの屋上で戦う【劇終】

これだけを見ると、『ドラゴンへの道』のリメイク作に思えなくもない気が。。。

もしかしたら、ジェット・リーの怪我が原因で、当初の脚本に手が加えられ、『ドラゴンへの道』とだんだん違う方向になっていったのかも?なんて思ってるのですがどうでしょう。

『龍行天下』小ネタ②・・・黄飛鴻ポーズの原型?

まぁ、ホントに小ネタなんですが、この作品で見せるポーズって、李連杰・黄飛鴻の代名詞ともいえるあのポーズに似てますよね?

でも、なんかビミョーに違う。

服のせいかな?

『『龍行天下』ギブス場面検証268』 『『龍行天下』ギブス場面検証269』
『『龍行天下』ギブス場面検証270』 『『龍行天下』ギブス場面検証271』
『『龍行天下』ギブス場面検証274』 『『龍行天下』ギブス場面検証275』

『龍行天下』小ネタ③・・・甄子丹(ドニー・イェン)発見!!

最後の小ネタはホントにど~でも良い超小ネタです。

「賓芝林」の右隣の店。ここはビデオ屋のようですが、ここのショーウィンドウに甄子丹(ドニー・イェン)の姿が!

『『龍行天下』ギブス場面検証272』 『『龍行天下』ギブス場面検証273』

このポスター、ドニーが出演したテレビシリーズ『飛虎群英』で、89年に公開されている作品なんです。

ここで、ちょっとした疑問が。

たしかに、初期のドニーは香港よりも海外での人気が高かったらしいけど、本作品の撮影中はまさに香港での放送最中。

当然、ポスターは英語版ではなく、漢字表記の香港版。
それがなぜ貼ってある???

で、最初はもしかしてこの店周辺のシーンは香港なのか!と思ったんだけど、やっぱりどう見てもアメリカっぽい。

結局、隣の店も撮影用にセッティングして、スタッフが香港から持ってきたポスターを貼っただけというのが真相だろうなぁ、きっと・・・

『黄飛鴻’92之龍行天下(ハード・ブラッド)』基本データ

『黄飛鴻’92之龍行天下(ハード・ブラッド)』基本データ

【製作会社】 嘉禾電影有限公司(ゴールデンハーベスト)/華雅電影/電影工作室
【製   作】 徐克(ツイ・ハーク)
【監   督】 徐克(ツイ・ハーク)
【武術指導】 元華(ユン・ワー)/袁振洋(ブランディ・ユエン)

【出   演】 李連杰(ジェット・リー)、元華(ユン・ワー)、郭錦恩(クリスタル・コォ)

【撮影期間】 1989年9月~12月(再撮影の可能性も若干あり)

【公   開】 1992-05-28(香港)、1992-05-07(韓国)、1992-03-28(台湾)

【興行成績】 香港:810万HK$(59位)

さて、この作品が公開されるのは、本文からまだまだ先のことですが、最初に公開されたのはどうやら台湾のようです。

前後に公開されたジェット・リー作品がどれも高い興行収入を挙げていて、且つ本章でもすでに書いたように、出せばヒットする徐克(ツイ・ハーク)作品。(ただし、公開頃の徐克作品には不当たりも結構あるのですが・・・。)

しかも、ゴールデン・ハーベストがバックにいながら、なぜにこの低い興行成績なんでしょうか。

個人的には、ジェットの現代劇で全2作のような暗さも無く、人も不用意に殺さないし、人は飛ばないし(これ重要!)、結構好きな作品なんですよね~。残念。

この他の動画や詳しい情報は、ハード・ブラッド/黄飛鴻92之龍行天下(1989)
の記事をご覧ください。

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