ジェット・リー物語【第29章】そして未来へ　-2011～

2004年のスマトラ島沖地震・津波の後に慈善団体「壹基金」の設立を決めたジェット。

この頃から、自身の中で「ボランティア10年構想」を持ち続けてきた。

初年度である2007年、少人数スタッフから始めた「壹基金」は、2年目に専門スタッフの友人たちと共に活動し、規模を拡大。3年目に公募型の基金会に移行しようとしたが、足踏み状態となっていた。

そして2011年1月。ようやくその申請が認められ、日本の公益社団法人にあたる「公募基金会」の地位を取得。

すでに、設立から3年で一般募金は1億9000万元（約24億円）、チャリティー供出額は14億元（約174億円）と、中国きっての巨大慈善組織に成長しており、今回の公募基金会の次月現により、さらなる活躍が期待された。

そして10年目に慈善病院の創設を目標に掲げ、将来的には公益メディアも設立したいと考えていた。

しかし、中国のチャリティー活動の状況は、まだまだ米国レベルには、30年の遅れを取っていると感じており、今後はチャリティーに取り組む人材育成にも力を入れていこうと考えていた。

慈善活動に熱心なジェットだったが、同時に自身の原点でもある「中国武術」の普及にも貢献してきた。

武術が最終的に目指す境地は宗教と同じで、敵をも含めた全ての人を愛することにある。

かねてより、その理念の普及を目指してきたジェットは、自らのカンフー映画でそれを広めようとしてきた。

しかし、その効果は満足できるものではなかった。

ジェットは、「ボランティア10年構想」とともに、今後は「武術文化を世界に広める仕事」に全力を注ぎ、世界に中国武術の「健康で楽しい」理念を広めていくことを心に決めた。中国の経済や文化が注目を集めている今が好機であると。

特に、「太極拳」を中国武術の代表格とし、体を健康的に鍛えられるだけでなく、陰陽など深遠な哲学思想としての一面もあること。「武術は楽しいもので、人を健康にする」との理念を世界に向けて発信し、「なぜ武術を学ぶのか」「武術を学ぶことにはどんな益があるのか」と言ったことを皆に知ってもらいたい、と願っていた。

この時期、ダニエル・ウー（呉彦祖）とスティーブン・フォン（馮徳倫）が共同で設立した映画製作会社が、第1作目として予定していた映画『太極』に主演すると言われていたが、最終的には出演することは無かった。これも、自らの経験から娯楽作品では中国武術（太極拳）の普及には繋がらないという想いがあったのかもしれない・・・

2011年10月。2年前にジェットが出演したオールスター映画の続編『エクスペンダブルズ2』の撮影が開始された。

前作に引き続き、シルヴェスター・スタローンからは出演を熱望されていたが、『壹基金』の活動で多忙なジェットは快い返事が出来ずにいた。

その頃、中国では『ドラゴンゲート（龍門飛甲）』が公開。5.4億元（約69億円）という驚異的な興行収入を上げ、この年の中国映画では2位を獲得する大ヒットとなり、中国で公開されたジェットの作品では最大のヒット作となった。

一方、『エクスペンダブルズ2』はジェットの出演が不透明なまま、撮影は進んだが、スタローンが急遽、ジェットが出演できるよう香港ロケを決定。その誠意に打たれたジェットは出演のオファーを受けることに。

こうして年が明けた2012年1月。ジェットは『エクスペンダブルズ2』の撮影に4日間だけ参加することになった。

その後、酒井法子と共演作の話題も挙がったが、2012年7月には、3度目の共演となるウェン・ジャン（文章）とともに最新作のアクションコメディ『不二神探：The One Detective（原題）』を撮影。

『壹基金』の設立以来、慈善活動をメインにしているジェットだが、「映画は本業（チャリティー）の合間に」と、今後もこのスタイルを継続していくつもりだ。

だが、今のところ俳優業を引退する考えはなく、映画で得たギャラはチャリティーに注ぎこみたいと思っている。

ジェットが全力で駆け抜けた50年。
一武術家、一俳優として栄光の道を歩んできたように見えるジェットだったが、実際は苦難の連続であった。

今、ジェットは一慈善家として、新たな挑戦を続けている。
きっと今回も、多くの苦難を乗り越え、理想を実現するに違いない。
そして、その実現の日も、そう遠くないのかもしれない・・・