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ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-


ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-


ジェット・リーこと李連杰が『少林寺』に続き、『少林小子(少林寺2)』に出演した頃のお話です。(1982年~1984年)

ブルース・リー、ジャッキー・チェンに続く第3の功夫スターとして、一躍トップアイドルとなったリンチェイが『少林寺2』に出演する少林寺ブーム最盛期です。

『少林小子(少林寺2)』撮影

そんなファンの熱狂ぶりをよそに撮影地へと戻ったリンチェイは、黙々と撮影に臨む。

少し時は遡るが、日本へ旅立つ前の82年8月に再び少林寺の地を訪れたリンチェイは、その変わりように愕然としたという。

以前は荒野のようであったその土地は、寺の半径4・5キロメートル内のすべての道路に「少林コーラ」、「少林ビール」、「少林タバコ」といった少林寺の関連商品の看板が並び、無数の武術学校が建設されていた。

『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット 『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット

前回とほぼ同じスタッフ・キャストに加え、リンチェイと同じ北京武術団のメンバーも数多く参加していた。

その一人、蛇拳チャンピオンの黄秋燕(ホァン・チューイェン)とは北京業余体育学校からの仲で2つ年上。
劇中で恋仲を演じた2人は、幼いころから共に多くの時間を過ごした本当の兄妹のようだった。

『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット 『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット

今回の撮影では、前作の厳寒とは打って変わり、最高48度にもなる灼熱の暑さがリンチェイを苦しめた。

その暑さは深刻で、地面で卵が焼けるほど。当然、手をついてしまうと手の皮が剥がれてしまうほどだったため、スタッフは常に地面に水を撒く必要があった。
撮影中に暑さで倒れる人も後を絶たない。時には、水道が引かれていないところでの撮影もあった。

暑さが和らぐと、若者らしく皆はしゃぎまわった。
しかし、デビュー作で一躍大スターとなったリンチェイは自分を見失うことは無かった。

まだ20歳そこそのリンチェイは、常に読書をしていた。武術理論、映画芸術歴、包括政治理論。彼の荷物はそういった書物でいっぱいだった。

『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット 『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット

撮影の敵は暑さだけではなかった。

遠方から押しかける大勢のファン達によって何度も撮影は中断。

大陸の大雨など、きまぐれな天候。

出演者の武術大会出場による撮影の中断。

また、ドキュメンタリー映画用の撮影なども入り、なかなか撮影は進まなかった。

さらには、リンチェイが新しいワザを開発中に、また右膝を負傷するなど困難が続く。

『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット 『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット

その頃、廖一原は新たな映画会社である銀都機構を設立し、リンチェイと契約。
銀都機構は『少林小子』が完成次第、リンチェイと張鑫炎監督による『飛紅巾』『神拳無敵』(『太極拳』)という2本の製作を計画していたため、83年6月の公開を目指していた。
しかし、撮影が予想以上に長引いてしまったため、計画の変更を余儀なくされる。

撮影も終盤にさしかかった5月には『中華武術』という、リンチェイをメインに少林武術を紹介するドキュメンタリー映画も公開され、周囲の『少林小子』に対する期待は膨らんでいった。

そして83年秋、困難に見舞われながらも、およそ400日にも及んだ『少林小子』の撮影は無事終了する。

製作費は前作の120万元を上回る250万元(約3億2,000万円)と倍増した。

また、前作で1日1元だった謝礼金(出演料)は出演者・スタッフすべて1日2元(約240円)の謝礼を貰った。それでもまだ中国の一般サラリーマン並みの収入で、とても100億円を稼ぎ出す映画の主演とは思えぬ金額。
次の作品でも3元という金額を聞かされ、ショックを受けたリンチェイだったが、どうすることも出来なかった。。。

『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット

この時期の関連作品と、幻の作品がこちら。

『少林小子(少林寺2)』の製作時期と関連記事

『少林寺2』に関する新聞記事やインタビューなどの情報をまとめると、

  • 82年8月から撮影開始(当時の撮影現場でのインタビューより)。
  • 83年3月で進行状態は3分の2ほど。
  • 83年4月。杭州で撮影中。年内公開目指す。
  • 83年7月末、撮影現場でインタビュー。
  • 84年1月香港公開、撮影に足かけ2年。天候などが影響。
  • ジェット本人は10か月の撮影と語る。劇場パンフには撮影は400日と記載あり。

劇場パンフの記載がより真実に近いのではと思われます。途中、撮影が一時ちゅうだんしているので、それを抜いての10か月とジェットは語ったのかもしれません。

  • 華僑日報, 1982-12-08

    華僑日報, 1982-12-08
    (撮影中断など)

  • 華僑日報, 1982-12-30

    華僑日報, 1982-12-30
    (出演者など)

  • 華僑日報, 1983-02-10

    華僑日報, 1983-02-10
    (銀都機構の計画など)

  • 華僑日報, 1983-03-25

    華僑日報, 1983-03-25
    (製作は3分の2まで進行)

  • 華僑日報, 1983-04-13

    華僑日報, 1983-04-13
    (前作『少林寺』についてや現在の進行状況)

  • 華僑日報, 1984-01-04

    華僑日報, 1984-01-04
    (黄秋燕の紹介など)

  • 華僑日報, 1984-01-12

    華僑日報, 1984-01-12
    (足かけ2年の製作過程など)

『少林小子(少林寺2)』公開

前作から丸2年、1984年1月26日
『少林小子(少林寺2)』はようやく香港で公開。

今回も前作同様に大ヒットを記録。

前作を上回る2,200万香港ドル(約6億8千万円)を叩き出し、ジャッキー・チェンの最新作『スパルタンX』を抑え、この年3位の好成績を収めた。

中国では前作の記録には及ばなかったものの、8,600万元(約76億円)の興行収入を上げ連続で年間トップの作品に。

日本でも3月の公開が決定し、張鑫炎監督、黄秋燕とともに2度目の日本行きが決定していたが、右膝の状態が悪化し、2人とは遅れての訪日になってしまう。

『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット 『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット

撮影後に冬の北京へ戻った際、寒さで悪化したのだった。
しかし足の状態が良くなれば、今年5月と8月に開催される武術大会にはぜひ出場したいと思うリンチェイだった。

『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット 『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット

『少林小子(少林寺2)』基本データ

『少林小子(少林寺2)』基本データ

【監督】張鑫炎(チャン・シン・イエン)

【出演】
李連杰(ジェット・リー)、于海(ユエ・ハイ)、于承惠(ユー・チェンウェイ)、
黃秋燕(ホァン・チューイェン)、丁嵐(ディン・ナン)、
胡堅強(フー・チェンチアン)、孫建魁(チャン・チェン・フー)、計春華(チー・チェンホア)

【製作】1982年8月~1983年秋
【製作費】250万元

【公開】1984-01-26(香港)、1984(中国)、1984-03-03(日本)

【興行成績】2,200万HK$(香港3位)、8,600万元(中国1位)

この他の動画や詳しい情報は、少林寺2/少林小子(1983)の記事をご覧ください。

水曜スペシャル『必殺!中国少林寺に衝撃の死闘を見た!』

水曜スペシャル『必殺!中国少林寺に衝撃の死闘を見た!』

日本での『少林寺2』公開直前、1984年2月29日に放送された伝説の特別番組。

結構有名な番組なので結論を言ってしまうと、これが完全なヤラセ番組(笑)。さすが水スペ
しかし、日本でのプロモーションのため、こんな特別番組をわざわざ撮影するとは・・・、
今になってみると大変貴重な番組となっています。

撮影されたのは、冬の北京。(これが原因で右膝悪化したんじゃ・・・)

内容はというと、「日本のTVカメラが初めて、毎年少林寺で開催される全中国武術大会を撮影成功」
そんなの少林寺では開催されていないし・・・)、映画出演者が数多く参加し、トーナメント形式で優勝者を決定、この大会の模様を古舘伊知郎の実況でおくるというもの。
しかし、会場は少林寺ですらない・・・(北京・故宮博物院)。

ルールは、真剣を含む武器の使用はOK、しかし逆に防具は一切NG(笑)。

前回優勝者のジェット・リーはシードで決勝から登場予定。

胡堅強が槍の先っちょを喉で受け止めたり、兄弟対決(これも嘘)があったりと、様々な演出を重ねつつ、トーナメントを勝ち上がり準々決勝にコマを進めたのは、胡堅強(フー・チェンチアン)、孫建魁(チャン・チェン・フー)、于承惠(ユー・チェンウェイ)、黃秋燕(ホァン・チューイェン)の4人。

酔拳の孫建魁を南拳の胡堅強が倒し、于承惠と黃秋燕の親子対決(と言われていたが、それは劇中だけのこと)は于承惠に軍配が上がる。

そして準決勝。
胡堅強と于承惠の対決は胡堅強が制し、いよいよ李連杰との対決!・・・・と、思いきや、

なんと、李連杰は直前にケガをして行方不明に・・・。

李連杰を探すスタッフは李連杰の母親を直撃取材。

母:「あの子は必ずあらわれると信じています。」

そして決勝戦。

母親の祈りが通じたのか、ついに李連杰が会場に現れる!!
(バックに流れるはなぜか『Alone In The Night』

試合中、武器を落とした胡堅強に対して、李連杰は自らの三節棍を投げ捨て、素手で勝負!

かくして、李連杰は圧倒的優位のまま勝利をおさめ、連続優勝を遂げるのだった・・・

こうしてこの大会(番組)は伝説となり、後世まで語り継げられるのであった(色んな意味で)・・・終

『ジェット・リー物語【第5章】クンフー・アイドル -1982~1984-』のエピソードショット

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カテゴリ: 功夫皇帝-ジェット・リー物語.


9 件のコメント

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  1. アンコちゃn says

    有難うございました。女はどうも公私混同というか夢と現実がゴチャゴチャになってしまって。

    私「スピリッツ」買うことにしました。出番が多いのでお得感がある。

  2. アンコちゃn says

    今日は「スピリッツ」を見ました。泣けて泣けて・・。どっから見てもこの人素敵です。私が素敵というのは男性としてです。最後の場面、雲南省(だと思う)で演武してる所なんか美し過ぎる。惚れちゃいました!
    ぜひ教えて下さい。①彼の趣味は?(武術以外で)②お酒は強いの?③普通はどんな人?けっこう威張ったりする人?④kungfufanさんはジェットリーに会ったことあるの?⑤死ぬ前に1度、柱の陰からでもいいから人目見るには、どんな方法があるの?

    • kungfufan says

      すいません、私自身あまり映画関係以外のことについては、
      関心が無いというかよくわからないので、①~③に関しては、
      ジェットのファンサイト Jet Li Fansite 天照庵さん
      訪問されてはどうでしょうか。
      プロフィールなどに関しても、ジェット・リー基本データのページ以降に色々と載っています。
      丸投げで恐縮ですが、ジェット愛に溢れたサイト様なのでオススメです。
      ④については、会った事、もしくは生で観たことはありません。
      ⑤は、一番手軽(でも無いけど)なのは、来日時だと思います。
      今年はもしかしたら3本のジェット出演映画が日本でも公開される可能性があるので、
      来日するかもしれませんよ。(『エクスペンダブルズ2』では来日しないと思いますが)

  3. アンコちゃn says

    kungfufanさま。
    お勧めの通り『ウォーロード』早速借りてきて見ました。が、なんともやりきれない結末で、1日中、シンミリしてしまいました。金城武とかアンディ・ラウ等はずっと昔から知っていたのに、なぜ私はジェットリーを知らなかったんでしょう・(お宅に聞いても・・困るよね!)
    you tubeで見る、ジェットリーは素晴らしい惚れぼれする動きですね。若いころの顔は真田広幸に似てると思いませんか。あ、今地震です、さよなら!

    • kungfufan says

      ごめんなさい。シンミリさせてしまって・・・
      金城武は一時期日本での露出も多かったのでわかりますが、
      アンディを知っていてジェットを知らないのは、ナゼなんでしょう。
      やっぱりアクションとか功夫に興味が無かったからでは。。。
      ただ、真田さんには・・・う~ん、見えないです(^_^;)ゴメンなさいwww

  4. アンコちゃn says

    かわいらしいジェットリーの画像、初めて見ました。思わず「かわゆいね~!」と叫びました。最近「海洋天堂」を見てからファンになったので、まさかまさか彼があのような経歴の持ち主とは、ホントびっくり。端正な顔立ちだし、女性から見て、非常に色気のある男だと思います。
    これからどんどんハマっていきそうな気がします。ビギナーの私を宜しくお願いいたします。

    • kungfufan says

      はじめまして。

      >最近「海洋天堂」を見てからファンになったので
      そうですか~。演技派としてのジェットの実力認められたということでしょうかね☆
      ただ、功夫映画に興味が無いと初期~中期の作品は観てどう思われるかちょっと不安です(^_^;)
      逆に新しい作品から逆行してった方が良いかもです。
      最近で言えば、『ウォーロード』なんかはジェットが香港アカデミー賞を獲った作品なので
      良いのでは?(ただ、ちょっと男臭いですが・・・)
      個人的にはハリウッドでの『キス・オブ・ザ・ドラゴン』、『ロミオ・マスト・ダイ』、『ブラック・ダイヤモンド』
      あたりがオススメです。

      >ビギナーの私を宜しくお願いいたします。
      新たにファンになったという話を聞くと、とても嬉しく思います☆こちらこそよろしくお願いします。

  5. オーケー says

    こんにちは。以前、ジャッキーの興行成績についてコメントしたOK!改め、オーケーです。

    ジェット・リー物語読ませてもらってます。素晴らしいです。本当、失礼ながら「何者だ、この人は?」というくらいのリサーチ力!あらゆる資料から調べられてるんでしょうね。ジェット・リーの伝記というのは、なかったんじゃないか?と思うので、映像も見れるし、これはジェットファン感激の内容だと思います。だから、需要はありますよ。(笑)ジェットも貧乏だったり、大怪我してたり、最初から「天才スター」のイメージがあったので、苦労してるなあと見方が変わりました。しかし、水曜スペシャルはすごいですね…。(^^;リアルタイムで見たかった。当時はいろんな意味でいい時代ですね。(笑)

    ジャッキー・チェン最強伝説リターンズ買いましたし、新少林寺も未見で購入予定ですので、またレビューもよければ是非。では、また来させてもらいます。

    • kungfufan says

      オーケーさんこんばんは。
      ありがとうございます。
      ジャッキー関連の記事に比べコメントが少ないので、
      少し心が折れかけてました(;д;)
      私も調べながら新発見が多かったです。
      「少林寺でブレイクしてその後低迷、ワンチャイで復活するがギャラで徐克と揉めて・・・」
      なんて1行ぐらいで語られることも多いですが、
      それってちょっと違うんじゃ・・・と思ってしまいますね。

      ジェットの伝記出てほしいです(^-^)
      今だから話せることもいっぱいありそうですしね。
      (向こうのTV番組では結構色んなことを語っているらしいですが)

      私はリアルタイム世代ですが、一番印象に残っているのは
      「オレたちひょうきん族」の『中林寺』っていう・・・

      もう少ししたら再開しますので、是非また来てください☆



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